微生物に分解を行わせると条件によって2つの現象が起こります。
それは、発酵と腐敗です。
どちらも微生物が有機物に定着して起こす作用という点では同じなのに呼び方は異なります。
どういった基準で呼び方が変わるのでしょうか。
それは、人間にとって都合が良いか悪いか-です。

例えば、牛乳に微生物が取り付くと、ある条件下ではヨーグルトやチーズができます。
また別の条件下では、悪臭がし、状態もグチャグチャで、口にすればお腹を壊してしまう腐りモノができます。

また別の例では、クサヤのようにとんでもなく臭いニオイがするけれど、圧倒的な保存性と旨味の生成ができる分解作用もあります。
悪臭が出るけれど、人間にとっておいしいものができる場合は、発酵と呼んでいるのです。

すなわち、ものが腐るという現象は、全ての有機物に共通して起こる作用ですが、その結果が人間の生活にとって何らかの益が出るものであれば「発酵」になるのです。

1860年にフランス人学者のルイ・パスツールが微生物が食品などの分解(発酵・腐敗)が微生物によって起こるということを証明する前から人間は発酵食品などを通じて発酵作用が人間にとって有益であることは知っていましたし、腐敗したものを食べると体調を崩すリスクが高くなることも知っていました。
しかし、青カビが餅などに繁殖し、分解する様は1928年にイギリス人細菌学者のアレクサンダー・フレミングがその結果、ペニシリンを生成することができるとわかってから、単に腐敗と考えられていたモノが、発酵作用の代表例のように扱われるようになった例もあるのです。
まだまだ人間が気付いていない微生物作用というのは多くあると考えられていて、日々新しい微生物の作用や用法が研究され、発表されているのです。

少し横道へそれましたが、この発酵と腐敗は表裏一体の作用です。
微生物のチカラを利用しようと考える人は、単純な成果だけを見るのではなく、経過や結果の付帯的な事項まで広く見て考え、本当に人間に都合の悪い作用しか起きなかったのか、別の角度から見たらその結果は発酵といえるものではなかったかを考える必要があります。
人間の都合というものは、実に曖昧で自己中心的なものです。実際の効果が使い手の意図に沿わない形で生じた場合でも広く自然界のルールに照らせば、正しい形で作用が起きていたことに気付くことは多々あります。

人間のエゴや都合は自然の摂理の前には、何の意味も持ちません。
大事なことは、自然の仕組みに照らしたときに自分がやろうとしていることが、パズルのピースのように自然に当てはまるかどうかを考えることが大事です。